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それからだいぶ久我さんと話し込み

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それからだいぶ久我さんと話し込み、そろそろ帰らなきゃと店の壁に掛かっている時計に視線を送った。「あぁ、もうこんな時間ですか。じゃあ、次の一杯で最後にしましょう」「はい、そうですね」メニュー表を見ながら、最後の一杯は梅酒サワーではないものにしようと悩んでいたときだった。店の扉が開き、店員の「いらっしゃいませ」が明るく響いた。何気なく店の入口の方を振り向くと、そこには蘭が立っていた。「蘭!」「依織?どうしてここに……」そこで蘭は、私の隣に久我さんがいることに気が付いた。「なるほどね。ここでデートしてたってわけか。あ、生ビールちょうだい」子宮內膜異位症 月經ールを注文しながら、私の隣に立った。「久我さん、やっと依織が誘いに乗ってくれて良かったですね」「そうだね。まぁ、七瀬さんにとってはかなり強引だっただろうけど」「あんまりガツガツし過ぎると、嫌われますよ。依織、しつこい人嫌いだから」「さすが親友。君は七瀬さんのこと、何でも知ってるんだね」淡々と言葉を交わす二人に挟まれ、その会話を聞きながら感じていた。久我さんは、蘭に対して敬語を使わない。敬語を崩すのは、気を遣わずにいられる相手だから。久我さんは蘭と話すとき、私に見せる顔と違う顔をする。どちらかというと、蘭と話しているときの方が久我さんの素に近いのかもしれないと感じたのだ。「……何か、面倒くさくなってきた。私、帰るわ」「え、でも蘭、今来たばっかりなのに……」帰ろうとする蘭を言葉で制したのは、久我さんだった。「いや、僕たちが帰るよ。ちょうど七瀬さんも帰らなきゃいけない時間だし」久我さんは財布を取り出し、素早くお会計を済ませた後、私の手を取った。「じゃあ、お先に。行きましょう、七瀬さん」「あ……はい!じゃあ蘭、またね」

店を出て少し歩いたところで、久我さんは繋いだ手を離してくれた。「あの、どうしたんですか?」

「何がです?」「何か久我さんの様子が……」蘭が店に入ってきたときから、久我さんの様子が少し変わった気がした。何に違和感を感じたのかはわからないけれど、いつもの紳士的な久我さんの別の顔が一瞬見えた気がしてしまったのだ。「どうやら僕は、桜崎さんに嫌われているみたいなんですよね」「え?いや、そんなことは……」ないと思うと言おうとしたけれど、確かに蘭は久我さんのことをあまり良く思っていないような表現をすることがあるため、曖昧に言葉を濁した。「前にここで偶然彼女に会ったときに、七瀬さんのことをしつこく質問し過ぎて嫌がられたんですよ」「あ……そうだったんですか」「好きな女性の親友には良い印象を持たれていたいんで、挽回出来るように頑張ります」そう言って久我さんは、いつもと変わらない優しい笑顔を私に見せた。久我さんは、私には敬語を崩さない。

きっと、まだ私には素を曝け出していないのだろう。でも、そのことに不満を感じることはなかった。

私も、同じだからだ。「七瀬さん。今度、また会ってくれますか?」「……はい」私も、いつもと変わらない笑顔を作った。どうすれば、自分の気持ちに向き合うことが出来るのだろう。どうすれば、新たな一歩を踏み出す勇気を手に入れられるのだろう。私は一体、何がしたいのだろう。この日の帰り道、歩きながら思い浮かべていたものは、久我さんの優しい笑顔ではなく、真白さんと並んで歩く甲斐の後ろ姿だった。