← Back to portfolio

「君のおつまみのチョイスも

Published on

「君のおつまみのチョイスも、僕はかなり好きだけどね」「だと思った。ここのナムル、ごま油とニンニクの味がしっかりしてて美味しいから食べてみて」美味しいものを食べ、大好きなビールを飲んでいると、明日が仕事だということをつい忘れてしまいそうになる。「うん、美味しい」「でしょ?絶対久我さんも好きな味だと思ったんだよね」一通り食事の話で盛り上がった後、私は甲斐の名前を話題に出すことにした。offshore company hong kong、甲斐から伝言預かってるの。もう会いに来ないでほしいって」「あぁ、やっぱりね」甲斐に拒絶されているのに、久我さんは何が楽しいのかクスクス笑っている。「それ、笑うとこ?」「彼に伝えておいて。もう会いに行くことはないから、心配しなくても大丈夫だって」さすがに、一度会えば十分だったのだろう。それにしても、久我さんの行動力を少しは見習いたいものだ。

「どうして甲斐に会いに行ったの?」「七瀬さんや、君に好かれる甲斐くんがどんな人なのか気になったから。自分の目で、確かめておきたかったんだ」「実際、甲斐に会ってどう思った?」「君の言う通り、皆に好かれるような好青年だと思ったよ」「実は腹黒い久我さんとは大違いでしょ?」そう言うと、目と目が合い私はにっこり笑顔を作ってみせた。久我さんと甲斐の性格は、似ているようで似ていない。甲斐には、太陽のような明るさがある。周りの人たちを自然と笑顔にして、いつの間にかムードメーカー的な存在になっている。久我さんもきっと周囲から好かれているだろうけど、彼はどこか謎めいた空気を纏っている。何も喋らなくても、ただそこにいるだけで人を惹き付けてしまう。彼は、きっとそんな人だ。「そうだね。残念ながら、僕には彼のような爽やかさは欠如してるかな」「でも……」久我さんには、久我さんの良いところがある。そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。彼のペースに嵌まってしまっているような気がして、慰めの言葉をかけるのを躊躇したのだ。「何?」「何でもない。とにかく、もう甲斐には会いに行かないでね。宣戦布告みたいなことも、しないように」「それより、君はあの後ちゃんと楽しめた?」「え?」「昨日、僕が電話したとき、声がいつもより暗かったから」昨日、久我さんとの電話の後も、私はちゃんと楽しめていたと思う。依織と丸一日一緒にいられるだけで幸せなのに、美味しい食事も食べて気を使わずにいられる友人たちとも過ごすことが出来た。温泉にも入れて、マッサージの施術も受けて、至れり尽くせりで文句なんて出るはずがない。それなのに、心に小さな穴が開いてしまったような気がしているのは、なぜなのだろう。「……大丈夫、私はちゃんと楽しめた。あ、でも依織は辛かったと思う。熱出しちゃったから、朝の温泉には入れなかったし」私の話より依織の話を聞かせてあげたいと思い、私は昨夜の依織の様子を事細かに伝えた。「そうだったんだ。じゃあ、今日はもう家でゆっくり休んでるかな。明日、連絡入れてみるよ」「そうね。でも、連絡したところで素っ気ない返事が来るだけかもしれないけど」依織は既に甲斐に対して、友達以上の感情を抱いている。今から久我さんが必死に足掻いたところで、この先何かが変わるのだろうか。けど、人の気持ちなんてすぐに移り変わっていくものだ。明日、自分が誰にどんな感情を抱くのかなんて、決して誰にもわからない。「それでもいいよ。で、七瀬さんと彼の間には特に何もなかった?」「やっぱり、二人の仲が進展してないか気になるんでしょ」「まぁ、それはね。温泉旅行なんて、距離が一気に縮まる絶好の舞台だろ?」その舞台をセッティングしてしまったのは、他でもないこの私だ。「……確かに、二人の距離は縮まってたかな。昨日の夜、甲斐が依織を看病したときに何かあったみたいだけど……」